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大阪地方裁判所 昭和38年(行)33号 判決 1964年4月20日

原告(反訴被告) 白井良次

被告 大阪府知事 (反訴原告)東雪枝

主文

原告と被告大阪府知事との間において、同被告が別紙物件目録第五土地に対し買収の時期を昭和二七年三月三一日としてなした買収処分は無効であることを確認する。

被告東は原告に対し、別紙物件目録第五土地になされた同目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。

原告その余の本訴請求をいずれも棄却する。

原告は被告東に対し、別紙物件目録第一、第二乙及び第三乙の土地(別紙図面斜線部分の土地)を引渡せ。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の求める裁判

原告と被告大阪府知事との間において、同被告が別紙物件目録第一、第二甲、第三甲、第四及び第五の土地に対し昭和二七年三月二六日付でなした買収処分は無効であることを確認する。

被告東は、別紙物件目録第一、第二乙、第三乙、第四及び第五の土地になされた同目録登記欄記載の登記の抹消登記手続をせよ。

被告東の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

第二、被告大阪府知事の求めた裁判

原告の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第三、被告東の求めた裁判

原告の本訴請求を棄却する。

原告は被告東に対し別紙物件目録第一、第二丙及び第三丙の土地を引渡せ。

訴訟費用は原告の負担とする。

右第二項は仮に執行できる。

第四、原告主張の本訴請求原因

一、別紙物件目録第一、第二、第三、第四及び第五の土地(以下土地の表示は別紙物件目録の番号をとつて第一の土地、第二甲の土地等と呼ぶ)はもと白井喜代松(明治四二年七月二〇日死亡)の家督相続人白井良三(のち真良と改名)の所有であつたが、同人は昭和二五年一一月二一日死亡しその妻の白井千鶴、子の原告、辻合良子、中尾良三、白井実がこれを相続したが、原告を除く他の相続人は右土地に対する相続分を放棄した。

二、被告大阪府知事は同二七年三月二六日付をもつて、自作農創設特別措置法(以下自創法という)三条一項二号により、買収の時期を同月三一日として第三甲及び四の土地を白井喜代松より同第一、第二甲及び第五の土地を白井良三より買収する処分(以下本件買収という)をなし、同日これを同法一六条により被告東に売渡し、第一、第二乙、第三乙第四及び第五の土地には別紙物件目録登記欄記載の所有権取得登記がなされた。

三、しかし本件買収には左のとおり重大かつ明白なかしがあつて当然無効であるからその確認を求める。

1、死者を相手方とする買収である。

本件買収は前記のとおり白井喜代松又は白井良三を相手方としてなされた。しかし白井喜代松は既に明治四二年七月二〇日死亡し、同年八月一九日白井良三(のち真良と改名)が家督相続し、同人は昭和二五年一一月二一日死亡し、前記のとおり相続及び相続分放棄により原告の単独所有となつたものである。そして本件買収の基礎となつた買収計画を樹立した大阪府北河内郡茨田町農業委員会(以下町農業委という)及び被告大阪府知事はこれらの事実を知りながら、あえて右のとおり死者より買収したのであるから、本件買収は当然無効である。

2、保有地を侵害した買収である。

原告が本件買収当時所有していた小作農地はつぎのとおり八反三畝二一歩であつて、六反を超えるのは二反三畝二一歩に過ぎないのに前記のとおり計三反歩を買収したのは違法である。

大阪府北河内郡茨田町大字大宮

番号

地番

面積

小作人

反畝歩

1

四七

一、二一

氏本藤吉

2

四八

、二七

3

一五二

九、二一

川東宗太郎

4

一五六

、〇九

宮浦清治郎

5

一五八

四、二一

6

三〇五の一

九、二四

川南伊三郎

7

三〇七の一

五、〇九

東辰次郎

8

三〇八

四、〇九

川南伊三郎

9

三〇九

一、〇、〇六

10

三二三

三、一五

東辰次郎

11

三二四

一、五、〇九

12

三七五

一、八、〇〇

なお被告ら主張の同所三一三及び三一四番地の各二の土地を原告が所有していたことは認めるが、これは白井真良が浦中モトに対して養鶏場として貸していた土地であつて、白井真良は同二一年一〇月三〇日大阪府知事に対し地代家賃統制令六条一項により賃貸の認可を申請し、同二二年二月二一日認可を受けたものであるから、宅地であり、農地ではなかつた。

又その余の被告ら主張の土地は小作地ではなく原告が自作していたものであることは後記主張のとおりである。

3、耕作人でない者に売渡す目的でなされた買収である。本件買収は耕作人でない被告東に売渡す目的でなされたものであるから無効である。

4、第一及び第五の土地について

これらの土地は原告一家が自ら耕作して来た土地であつて、小作地ではない。

5、第二甲の土地について

この土地はもと同所三〇五番地一反三畝九歩(第二の土地)であつて、そのうち西側の九畝二四歩は川南伊三郎に賃貸し同人が耕作して来た。その余の東側三畝一五歩は一時平井種蔵に賃貸していたが同一八年頃返還をうけその後しばらく東辰次郎に賃貸していたが、同二一年三月同人より返還をうけ、その後原告先代白井真良が自ら耕作して来たものであつて小作地ではない。

右三〇五番地はその後買収登記に際し分筆されて同番地の一及び二となり、同番地の二に本件買収を原因とする登記がなされたが、もし第二甲の土地を買収令書に記載した買収処分が同番地の二を買収する意図であつたのなら、本件買収中この部分はこの点で当然無効である。

6、第三甲の土地について

この土地はもと同所三〇七番地一反一畝二七歩(第三の土地)であつて、そのうちの西側五畝九歩は原告の先代白井真良が東辰次郎に賃貸し同人が耕作して来た。しかし右第三甲の土地に当る右三〇七番地のうち東側六畝一八歩は一時平井種蔵に賃貸していたが、同一八年頃返還をうけてその後原告先代白井真良及び原告が自ら耕作して来たもので小作地ではない。

右三〇七番地はその後買収登記に際し分筆されて同番地の一及び二となり同番地の二に本件買収を原因とする登記がなされたから、本件買収中この部分はどの土地を対象としたものか不特定であり、もし第三甲の土地を買収令書に記載した買収処分が同番地の二を買収する意図であつたのなら真意と表示が異るからこの点で本件買収中この部分は当然無効である。

7、第四の土地について

右土地は白井真良が明治四三年五月五日北畠健作より所有権移転登記をうけたもので、白井喜代松の所有であつたことはないのに、同人の所有として買収計画がなされ公告されているから、結局第四の土地については買収計画の決定及び公告はないこととなる。

四、しかし本件登記は左記事由により抹消さるべきである。

1、本件買収は前記のとおり無効であるからこれら買収された土地は依然として原告の所有である。

2、第二乙及び第三乙の土地については三5、6に述べたとおり買収処分がなされておらず、これらは依然として原告の所有である。

3、第四の土地については三7に述べたのと同一の理由で町農業委の樹立し公告した売渡計画に含まれていないこととなる。

4、売渡処分は耕作人でない被告東になされている。

第五、本訴請求原因に対する被告らの答弁及び主張

一、請求原因一の事実中、原告を除く相続人は相続分を放棄したとの点を否認しその余を認める。

二、請求原因二の事実は認める。

三、本件買収は有効である。

1、死者買収の主張について

町農業委が白井喜代松及び白井真良が死亡していたことを知つていたことは認める。しかし買収令書の所有者の記載は登記名義人の表示に従つたものであり、本件買収処分が原告に対するものであることは原告も了知していたものであるからこの点に違法はない。

2、保有地侵害の主張について

本件買収当時原告が所有していた小作農地は原告主張のほかに、東辰次郎が賃借権にもとづき耕作していた、本件買収の目的地(第四の土地を除く)、並びに浦中モトが賃借権にもとづき水田として耕作の用に供して来た農地の同所二一三番地の二田三畝五歩及び同所二一四番地の二田二畝二六歩がある。従つて本件買収は保有地を侵害していない。

3、非耕作者に売渡す目的の買収であるとの主張について

本件買収の目的土地は全て被告東の同世帯の父東辰次郎が賃借し被告東と共に耕作して来たものであるから本件買収に違法はない。

4、第一及び第五の土地について

これら土地は東辰次郎が昭和一五年頃白井真良より賃借し本件買収当時にも耕作していた小作地であつて原告が本件買収当時耕作していたことはない。

原告は本件買収後二、三年してから右第一の土地の耕作を始めたものである。

5、第二甲及び第三甲の土地について

右土地は本件買収による買収登記嘱託がなされる迄、登記簿上の表示は第二又は第三の土地のとおりであつたが、第二土地のうち畦畔で区切られた東側の部分三畝一五歩及び第三土地のうち畦畔で区切られた東側の五畝二歩を、東辰次郎が同一五年頃白井真良より賃借し以来耕作して来たもので、本件買収処分当時原告が耕作していたものではない。

そして第二の土地のうち右以外の部分は川南伊三郎が耕作し、第三の土地のうち右以外の部分は原告が耕作していた。町農業委及び被告大阪府知事は右の東辰次郎耕作部分を買収するため第二甲及び第三甲の土地のとおり買収令書に記載して買収したものであるが、第二及び第三の土地のうち東辰次郎耕作部分とその余の部分とは右のとおり畦畔で区別され面積耕作者も異るから、右のとおり記載した買収が右東辰次郎耕作部分を買収するものであることが明確であり、買収目的地の特定に欠けるところもない。又右土地が東辰次郎が賃借権にもとづき耕作する小作地であることも前記のとおりである。

もつとも本件買収処分後買収登記申請に際し、法務局において担当官よりそれぞれ東側を枝番二、西側を枝番一とするよう指示されたのでそのように分筆して枝番を付し東側の部分である枝番二(第二乙及び第三乙の土地)に登記をなしたものであるが、そのために買収目的地が西側の部分となり、又は買収令書の土地の記載にかしがあることになるわけではなく、又売渡登記も実体には即したものである。

6、第四の土地について

この土地について原告主張のとおり買収計画公告がなされているが、そのため買収が無効となるわけではない。

四、原告の登記抹消請求は理由がない。

1、本件買収は前記のとおり有効であるから原告はその所有権を有しない。

2、第二甲及び第三甲のとおり表示して買収された土地は、登記簿上それぞれ第二乙及び第三乙の土地であることは前記のとおりであるから、これら土地につき原告は所有権を有しない。

第六、被告東の反訴請求原因

一、第一、第二丙及び第三丙の土地は、被告東が自創法により売渡をうけ、これを所有している。

二、しかし原告はこれを耕作し占有しているから、所有権にもとづきこの引渡を求める。

第七、反訴請求原因に対する原告の答弁

一、被告東が主張の土地を所有していることは否認する。この点の詳細は前記主張のとおりである。

二、第一の土地を原告が占有していることは認める。

三、第二丙及び第三丙の土地につき登記簿上と記載する土地と実際と記載する土地とは別個の土地であり、原告は右実際と記載する土地を占有していない。

第八、証拠<省略>

理由

一、第一、第二、第三、第四、及び第五の土地がもと白井真良の所有であつたところ、同人は昭和二五年一一月二一日死亡し、原告、白井千鶴、辻合良子、中尾良三、白井実がこれらを相続したこと、被告大阪府知事は第一、第二甲、第三甲、第四及び第五の土地を買収土地として記載した買収令書を発して買収し、被告東にこれを売渡し、第一、第二乙、第三乙、第四及び第五の土地に原告主張のとおりの登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二、そこで本件買収の効力について判断する。

1、死者買収の主張について

白井喜代松は明治四二年七月二〇日に死亡、その家督相続人で第一、第二、第三、第四及び第五の土地の所有者であつた白井真良(改名前は良三)は昭和二五年一一月二一日死亡し、原告ほか四名が右土地を相続したこと、町農業委は白井喜代松及び白井真良が本件買収当時既に死亡していることを知つていたこと、被告大阪府知事は第三甲及び第四の土地は白井喜代松を名宛人とし、第一、第二甲及び第五の土地は白井真良を名宛人として、買収処分をしたことは当事者間に争いがない。

更に成立に争いがない甲一、二号証の各一、二、三ないし七号証、一一号証、証人中尾良三及び原告本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、白井真良の死亡後本件買収までの間に原告ほか四人の相続人は白井真良の遺産を分割し、原告を除く右四名は第一、第二、第三、第四及び第五の土地を取得しないこととしたのでこれらは原告の単独所有となつたこと、第一、第二及び第三の土地は白井喜代松が明治二八年一〇月二四日売買により取得し、同日その名義に登記がなされそれ以降本件買収処分まで所有権に関する登記がなされなかつたこと、第四及び第五の土地は白井真良が明治四三年四月二八日売買により取得し、同年五月五日改名前の白井良三名義に登記がなされ、それ以後本件買収時まで所有権に関する登記がなされなかつたこと、町農業委は昭和二七年一月三〇日原告に対しその所有地を挙げこれらを買収するからそのうち保有地として買収より除外を希望する土地を知らせるよう通知したが、原告はこれに対し回答し、白井喜代松及び白井良三宛の本件買収令書を受領し、その対価をも受取つていることが認められる。

右認定のように買収処分当時行政庁が既に死亡していることを知りながら、その死亡者宛の買収令書により農地を買収し、その相手方がその農地の登記名義人でなく(第一第二甲及び第四の土地)、その相手方がその農地の所有者であつたことがない場合(第四の土地)であつても、買収処分当時の所有者である原告は、買収の名宛人の直接又は間接の一般承継人たる相続人であつて、買収計画前に保有地に関する希望申出の機会を与えられた上、買収令書を受領し、対価も受取つているのであるから、右事情の下においてはこの死者を相手方としたかしは、本件買収を無効ならしめる程重大なかしであるとは解せられない。

2、保有地侵害の主張について

原告主張の程度の保有地侵害のかしは重大なものでないから買収処分の無効事由としては主張自体失当である(なお原告は本件買収当時小作農地を合計八反三畝二一歩所有していたことを自認しており、このうち本件買取と同時に買収されたのは同所三七五番地田一反八畝歩及び同所三〇七番地の一、五畝九歩だけであつてその余は買収処分がなされたものとは認められない。原告主張の三〇五番地の一、九畝二四歩の土地は第二の土地の西側の部分の土地で以前より川南伊三郎が耕作していた土地を指しているものと解され、この土地は買収令書に第二甲の土地として表示された土地とは別の土地であつて買収されなかつたものである。従つて本件買収当時原告が買収されずに保有していた小作農地は六反以上になり、本件買収には保有地侵害の違法も認められない。)

3、耕作者でない者に売渡す目的でなされた買収である旨の主張について

売渡処分は必ずしも買収処分当時の耕作者に売渡さねばならないものではないから耕作者でない者に売渡す目的で買収がなされたとしても、そのために買収処分が違法となるわけではない。

4、第一の土地に関する主張について

右土地は東辰次郎が同二〇年頃白井真良より賃借し同二九年頃迄耕作して来たもので本件買収当時自創法にいう小作地であつたことは後記5、ロで認定のとおりであるから右土地が自作地であつて小作地でなかつた旨の原告の主張は理由がない。

5、第二甲及び第三甲の土地に関する主張について

(イ)、成立に争いがない甲四、六号証によれば、第二及び第三の土地は本件買収の後である同二七年一一月六日三〇五番地及び三〇七番地の各一、二に分割されたもので、それ以前は登記簿上右同番地の各一、二の土地又は第二甲若しくは第三甲の土地は存しなかつたことが認められるのである。それでは、買収令書に第二甲又は第三甲の土地を記載してなされた買収処分の目的土地はどの土地であろうか。

それは地番及び面積(第二及び三の土地より小さい)の表示により、第二又は第三の土地のうち一部分であることが明らかである。

本件土地等の検証の結果、成立に争いがない甲四、六号証、検甲一号証及び弁論の全趣旨によれば、

(1) 第二の土地は本件買収当時東西に細長い土地であつて、この土地の中に南北に走る畦畔がありこれより東の部分(別紙図面三〇五番地中斜線部分、以下第二土地中東の部分という)は、それより西の部分より低く、第二の土地中東の部分の面積は三畝一五歩、図面の部分は九畝二四歩であつた。

(2) 第三の土地は本件買収当時東西に細長い土地であつてその中央部北側に接して浅い池(三〇六番地)があるため別紙図面のように中央でくびれた形態(そのくびれた部分の巾は約一メートル)をした土地であつてこのくびれた部分より東の部分(別紙図面三〇七番地中斜線部分、以下第三土地中東の部分という)の面積は約五畝二歩、同西の部分の面積は約六畝二五歩であつた。

ことが認められる。

右買収の目的部分は、面積が一致し、第二及び第三の土地中西の部分とは第二の土地については畦畔により区別され、土地の高さも異ること、第三の土地については土地のくびれた部分によつて区別されていることを考慮すると、第二及び第三の土地中のいずれも東の部分であつて、この事実は原告その他関係人の間に顕著であつたものと認められる。右認定の事実によると、これら買収処分が右認定の土地に対するものとして目的土地の特定に欠けるところはないものと言わなければならない。もつとも買収令書の土地の表示が第二甲及び第三甲の土地(三〇五番地の一、三〇七番地の一)でありながら売渡処分を原因とする登記は第二乙及び第三乙の土地(三〇五番地の二、三〇七番地の二)になされているけれども、土地台帳添付図面写であることに争いがない検甲一号証によれば、登記簿上第二乙及び第三乙の土地は前記第二及び第三の土地中東の部分であることが認められ、買収された土地に登記がなされているものといえるから買収令書と登記簿の地番の表示が異るからといつて買収目的土地が不特定であり又は買収処分の真意と表示とが異ることになるわけのものではない。

(ロ)、つぎに第二甲及び第三甲の土地が小作地でなく自作地である旨の主張について判断する。成立に争いがない甲一八号証、証人東辰次郎及び村田平蔵の供述並びに本件土地等の検証の結果によれば、前記認定のように第二及び第三の土地中東の部分である第二甲及び第三甲の土地は、第一土地と共に昭和一五年頃平井種蔵が白井真良より賃借して耕作し、続いて同二〇年頃からは東辰次郎が白井真良より賃借し以来耕作していたが買収処分後の同二九年頃よりのちは現在に至る迄原告が耕作占有していることが認められる。右各土地を原告が同二一年より耕作している旨の原告本人の供述は右土地南側を耕作していた証人村田平蔵の供述等に照らし信用できず、右各土地を原告が以前から耕作していた旨の証人川南伊三郎の証言は「以前から」が本件買収処分より前からか否か明らかでなく、右認定の同二九年頃からの意味かも知れないのでこれをもつて本件買収当時右土地を原告が耕作していたものと認めることはできない。そのほか右認定を覆し、これが小作地でなく自作地であつたと認めるに足る証拠はない。従つて原告のこの点の主張は理由がない。

6、第四の土地に関する主張について

成立に争いのない乙一、四号証によれば、町農業委は同二七年二月一日右土地につき白井喜代松を所有者として買収計画を樹立し同日その旨を公告して法定書類を縦覧に供したことが認められる。この買収計画は既に死亡し右土地の所有者であつたことのない右同人を所有者とした点にかしがあるがこれは前記死者の買収の点で判断したとおりの理由により計画が当然無効となる程重大なかしではなくこれと前記死者買収のかしをあわせ考えても買収処分を無効ならしめる程重大なかしと認めることはできない。

7、第五の土地に関する主張について

証人川南伊三郎、同東辰次郎及び原告本人の供述並びに本件土地の検証の結果によれば、第五土地は訴外川南伊三郎が耕作していたが、昭和二一年に白井真良に返還し、その後原告家でこれを耕作して来たが、本件買収及び売渡の後である同二八年頃より東辰次郎が耕作を始めたものであつて本件買収当時は原告家の自作地であつたものと認められ、この認定に反する証拠はない。従つて右土地は所有権以外の賃借権等にもとづき業務の目的に供していた小作地ではなく、これを小作地と認めてなした本件買収はこの点に違法がある。そしてこのかしは重大であつて右各証人及び原告本人の供述が合致していることに弁論の全趣旨を合せて考えると右事実誤認のかしは本件買収当時客観的に明白であつたものと認められる。しからば第五土地に対する本件買収は当然無効である。

8、従つて原告の買収無効の請求中、第五の土地に関する部分は理由があるが、その余は理由がない。

三、ついで登記抹消の請求について判断する。

1、本件買収中第五の土地に対する部分が無効であることは前記判断のとおりであるから、この土地は依然として原告の所有であることになる。従つて被告東に対するこの土地に関する所有権移転登記の抹消の請求は理由がある。

2、しかし本件買収中その余の土地に対する部分が無効でないことは前記認定のとおりである。

買収令書に第二甲及び第三甲の土地と記載して買収された土地は第二及び第三土地中東の部分であつて、登記簿上第二乙及び第三乙の土地も又右と同じ土地であることは前記二、5、(イ)で認定のとおりであるから買収されなかつた土地に登記がなされたものということはできない。

3、第四土地について売渡計画がなかつた旨の原告の主張についてはこれを認めるに足る証拠はない。

4、売渡処分が被告東になされたことは当事者間に争いがなく、第一、第二乙及び第三乙土地は本件買収当時東辰次郎が賃借権にもとづき耕作していた土地であることは前記二、5、(ロ)で認定のとおりであり、証人東辰次郎の供述によれば第四の土地も同人が賃借権にもとづき耕作していた土地であることが認められるけれども右証人の供述によれば、被告東は東辰次郎の同居の娘であつて同人と共に本件買収以前より右土地の耕作をして来たものと認められるから、右売渡処分は無効ではない。仮りに売渡処分が無効であつたとしても本件買収により所有権を失つた原告は売渡処分の無効を理由に登記の抹消を求めることはできない。

5、従つて、原告の登記抹消の請求中、第五の土地に関する部分は理由があるが、その余の部分は理由がない。

四、続いて被告東の反訴請求について判断する。

1、被告東が引渡を求める第二丙及び第三丙の土地は登記簿上、実際と二つの地番を表示しているためどの土地の引渡を求めるのか必ずしも明確ではないが、弁論の全趣旨によればこれら土地は登記簿上第二乙及び第三乙の土地として登記され、現在原告が耕作している前記第二及び第三土地中東の部分(別紙図面三〇五番地及び三〇七番地中の斜線部分)であると解される。

2、第一の土地並びに右のような土地である第二丙及び第三丙の土地(登記簿上第二乙及び第三乙の土地)はもと原告の所有であつたところこれを国が買収し被告東に売渡処分がなされ、これら買収及び売渡処分が無効でないことは前記判断のとおりである。従つてこれら土地は現在被告東の所有であることは明らかである。

3、そして第一の土地を現在原告が耕作占有していることは当事者間に争いがなく、その余の土地を原告が現在耕作占有していることは前記二、5、(ロ)で認定のとおりであるから原告はこれらを被告東に引渡す義務があることは明らかである。被告東の反訴請求は理由がある。

なお仮執行の宣言についてはこれを付さないのが相当と認める。

五、よつて原告の請求中、第五の土地についての本件買収の無効確認を求める部分及び同土地についての登記の抹消を求める部分を認容し、その余の本訴請求を棄却し、被告東の反訴請求を認容し、訴訟費用については民訴九二条によりこれを原告の負担とすることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 野田殷稔 井関正裕)

(別紙物件目録、図面省略)

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